〈KASANES〉がくれるのは、
思考をめぐらす豊かな時間、
新しいひらめきを生む心のゆとり。

〈KASANES〉のルームシューズづくりは、佐賀市でビスポークシューズを手掛ける『NIHIL bespoke shoe』の代表・古賀幸仁さんの技術協力によって大きく前進しました。

ビスポークという木型づくりから始まる究極の靴づくりに魅せられて約30年。履く人と対話を重ね、約1年かけてその人の足に心地よくフィットする世界で1足だけの靴を手作りしている古賀さん。

孤高の職人と称される古賀さんの技術や哲学が〈KASANES〉のスタッフや製品にどういう影響を与えたのか、そして、手作りの革製品の魅力について、お話から紐解いてみます。

全力で応援したかった仲間のチャレンジ。

──古賀さんが靴づくりに興味を持ったのはいつ頃ですか。

18歳の頃、雑誌でミハラヤスヒロさんの記事を読んで、靴だけに特化したデザイナーって面白いなと思ったんです。ただ、東京の専門学校に行く度胸はなかったから、無茶を承知で自分でやってみよう、と。

靴の修理屋とか資材屋とか、いろいろな現場で働きながら、伝手を頼って靴職人の方を紹介してもらったり、そこで働かせてもらったり。経験を積む中でビスポークシューズという手法を知りました。

でも、その手法って職人自身が手を動かしながら構築するしかないんですね。だから、もうずっと研究が続いている感じです。

──研究に終わりはないんですね。

はい。最初はただ靴を作りたい一心でしたが、靴づくりの工程を知るほどに「自分の手で作りたい」、「誰かに履いてもらわないと意味がない」、「一生履いてもらえる靴を作りたい」……とどんどん欲が出てきます。

ビスポークシューズを知って木型を勉強してからは、自分なりに靴づくりの理論を構築していくのですが、その頃から履く人の足に合わせながらも美しいシルエットを意識するようになりました。心地いいフィット感がありつつ、見た目も気に入っていただけるデザインじゃないと、一生履き続けてもらえませんからね。

だから、お客様と何度も話を重ねながら、時間と手間をたっぷりかけて、本当にご満足いただける一足を仕上げていく。このやり方が僕にはとても合っているんです。

──〈KASANES〉の母体である南田産業との出会いはいつ頃ですか。

今から4年ほど前でしょうか。地元の佐賀に靴を作っている工場があると知り、ご挨拶に行ったのがきっかけです。広い作業場に工程ごと種類の異なるミシンがずらっと並んでいて、設備が整ったとてもしっかりした会社だなあ、と感じました。

僕が手掛ける靴は1頭の牛の革から1足しか作れないので、余った革で一緒に何か作りましょうとか、最初からそんないろんな提案も面白がって聞いてくれた。今では大切な仲間です。

──〈KASANES〉の制作に協力してほしいという依頼があった時はどう思われましたか。

僕自身チャレンジが大好きなので、自分が知っていることは何でも伝えたいし、役立ててほしい!と思いました。

靴とルームシューズは求められる機能こそ違うけれど、履く人にとって快適なデザインを追求するという根本的な考え方は同じ。履きやすさ、歩きやすさ、過ごしやすさ、履いた時の美しさ……これらをどう形にするか、僕の靴づくりの経験則はすべてお話ししました。

──技術面も丁寧にご指導なさったそうですね。

技術指導はトータルで5回くらいです。まず3Dの木型から平面の革にパターンを起こすのですが、そのやり方を道具や材料の特徴を踏まえながら、1から説明させてもらいました。

立体から平面にパターンを起こすと縫う時にどうしてもズレが生じるので、デザインに合わせてどこで修正をかけたらいいか、そのポイントをつかむのが大事なんですね。職人の方々はピカイチの縫製技術をお持ちでしたから、感覚さえつかめたら問題ないなと感じました。

──その感覚をつかむまでが苦労しそうです。

僕もいろんな職人さんに学び、木型の作り方や革の縫い方まで試行錯誤しながら自分なりの手法を探ってきたから分かるんですけど、大事なのは、教わった話からどれだけ自由な発想を広げて、自分で工夫できるかってこと。やり方を教えてもらいながら、そのもう1歩先を考える。ここが肝心です。

〈KASANES〉の職人さんは、その想像力があったから技術の習得も早かった。僕が20年かけてマスターしたことを1、2年くらいで覚えるくらいの勢い。ものすごい情熱でした。

妥協を許さない職人たちの姿勢に共感。

──完成した〈KASANES〉はいかがでしたか。

「お、いいね!」と思いました。まず、履き心地が最高。靴底面やインソールに適度な反発力があり、身体の重みを優しく受け止めてくれる。革も人間の手の体温でじんわりとやわらかくなっているから木型に馴染みやすい。だから足にフィットする設計になっているんですね。

そして、革を引っ張りながら内側に縫い込む「つり込み」という作業があるのですが、これが手仕事ならではの仕上がりの美しさにつながっています。インソールの研究には特に時間をかけられたそうで、履いた時にパカパカしないし、歩いてもペタペタという音がしません。なんというか……ずっと自然体でいられるルームシューズなんですよね。

──なるほど。仕上がりの良さは研究の成果でもあるんですね。

とにかく職人さんたちが1点の妥協も許さない方ばかりで、納得がいくまで何度も挑戦なさるんですよ。じつは僕も同じ性質でして、妥協のない職人同士が本気のセッションできたから、本当にいい仕上がりになったんだと思います。

僕はずっと1人で靴づくりを続けていますが、〈KASANES〉に関わって何かを伝えることの難しさと大切さ、チームワークで何かに取り組む醍醐味を知りました。あと、「自分は靴づくりを通して何を伝えるべきなのか?」と改めて深く考えるいい機会にもなって、感謝しています。

──古賀さんの手仕事へのこだわりもいい刺激になったようです。

今までの資本主義の考え方では、どの値段で物を作ってどれだけ売るかという効率が重視されてきました。でも、僕が手掛けているビスポークシューズはそれとは真逆の考え方で、ただ1人の足にどれだけ合う靴ができるか、なんです。

そのために木型を削りながら身も削って……って冗談みたいだけど、本当に1年以上そのぐらいの想いで作っています。

──それだけ履き心地が良いということでしょう。

そうだとありがたいです。大量生産には大量生産の良さがあるし、否定はしません。ただ、近代より前には僕らがやっているような手仕事が当たり前だったわけで、今でもそういう選択肢があることを知っていただきたいし、需要は必ずある。今の僕の原動力になっているのは、自分の満足感なんかじゃなくて、「足に合う靴がないという方を助けたい!」という想いに尽きます。

手仕事から生まれる革製品の贅沢な価値とは。

──ズバリ、〈KASANES〉の魅力は何だと思いますか。

たとえば、僕の靴は注文から仕上がりまで1年以上かかりますが、「待つのも楽しい」と言っていただいています。このように、手作りの革製品には思考をめぐらす時間という楽しみがありますよね。どんな仕上がりかを想像しながら待つ、完成品が届いたらクリームを塗ったりして磨いて可愛がる、手をかけていく内に変わっていく表情に想いを馳せる……

〈KASANES〉のルームシューズも同じだと思います。そうして思考をめぐらす時間が、新しいひらめきを生むような心のゆとりにつながるんじゃないかな。

──時間の経過をともに愛着も深まりそうです。

茶の湯の世界みたいですが、革製品の魅力は「侘び寂び」にあると思うんですよ。決して派手ではない素朴な素材の表情に、独特の美を見出そうとする。

そして、ゆっくりと朽ち果てていくその表情を“経年美”ととらえ、メンテナンスしながら長く愛し続ける。これほど贅沢な物との向き合い方はそうそうないと思います。

──確かに、お金で買えない贅沢と言えますね。

そうなんですよ。今の世の中では金額が高いものがラグジュアリーだと捉えられがちですが、そうじゃないだろうって思うんです。本来のラグジュアリーって、心を満たし、豊かにしてくれる物やコトに対して用いる言葉。

自分の足に合う気持ちのいい靴やルームシューズを履いて、満たされた時を過ごすことこそ本当のラグジュアリー。そういう新しい価値観が、〈KASANES〉やビスポークシューズを通して広がっていったらうれしいですね。

古賀幸仁さん
NIHIL bespoke shoe 代表

1978年、佐賀県生まれ。
18歳の時にシューズデザイナー、ミハラヤスヒロを知りオーダーシューズの魅力に開眼。手作りの靴会社に就職しつつ様々な現場で素材や手法の研究を重ね、独自のビスポークシューズ技法を追求する。

2007年、佐賀市内にオーダーメイド靴の専門店NIHIL bespoke shoeを設立。職人兼デザイナーの靴職人として孤高の道を歩み続ける姿勢は、全国の靴愛好家や自分に合う靴を探し求めていた人々から熱く支持されている。

NIHIL bespoke shoe